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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)337号 判決 2000年7月18日

原告

エスエムシー株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

被告

特許庁長官【D】

指定代理人

【E】

【F】

【G】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成9年審判第13077号事件について平成10年8月28日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経過

原告は、平成3年9月10日、考案の名称を「ピストン位置検出用磁気近接スイッチ」とする考案(以下「本願考案」という。)について、実用新案登録出願をしたが(平成3年実用新案登録願第81031号)、平成9年6月13日付けで拒絶査定を受けたので、同年8月5日、拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、これを平成9年審判第13077号事件として審理した結果、平成10年8月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、同年9月30日、その謄本を原告に送達した。

2  実用新案登録請求の範囲

「スイッチ本体ケースを、リードスイッチが収容される円筒部分と、それに平行して連設され、動作表示用LEDを含む電子部品が収容される角筒部分とからなるものとして、合成樹脂により形成し、上記円筒部分は、流体圧シリンダのボディに設けた断面円形の溝に嵌るものとし、上記角筒部分は、流体圧シリンダの溝の上記円筒部分が嵌った部分の開放部に、表面を上記ボディにおける表面と略同一面にして嵌り込むことにより、該開放部を満たす形状に形成し、上記スイッチ本体ケースの円筒部分にリードスイッチを収容すると共に、上記角筒部分内に、リードスイッチに重ねて動作表示用LEDを含む電子部品を収容し、リードスイッチを収容した円筒部分の先端側に中実の固定部を一体的に連設し、この固定部に、上記角筒部分を設けた側から取付け用ねじ孔を開設した、ことを特徴とするピストン位置検出用磁気近接スイッチ。」(別紙図面(1)図1~3参照)

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに、本願考案は、実願平1-107923号(実開平3-46005号)のマイクロフィルム(本訴の甲第4号証。以下「引用例」という。)に記載された技術(以下「引用考案」という。)から、きわめて容易に当業者が想到し得たものであり、相違点1ないし5(審決書10頁11行~11頁15行参照)による効果についても、引用考案から予測し得た程度のものであるとし、本願は、実用新案法3条2項に該当し、実用新案登録を受けることができない、とするものである。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決のⅠ(本件考案の要旨)、Ⅱ(引用例の記載事項)は認める。Ⅲ(本願考案と引用考案との対比)は、相違点1ないし5の認定を認め、これらの相違点以外の点では一致するとの認定を争う。両考案の間には、審決認定の点以外にも相違点(後記相違点6及び7)がある。Ⅳ(相違点についての判断)は争う(ただし、一部認めるところがある。)。Ⅴ(結論)は争う。

審決は、本願考案と引用考案との一致点の認定を誤り(取消事由1)、相違点についての判断を誤り(取消事由2)、顕著な作用効果を看過し(取消事由3)、その結果、本願は、実用新案法3条2項に該当し実用新案登録を受けることができないと誤った判断をしたものであり、違法であるから、取り消されるべきである。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は、両考案は、「以下の各点(判決注・相違点1ないし5)において相違するものの、その他の点においては一致する」(10頁9行、10行)と認定したが、誤りである。両考案は、以下に述べる点においても相違している。

(1)  審決認定の相違点以外の相違点の一(相違点6)

本願考案では、スイッチ本体ケースの「円筒部分は、流体圧シリンダのボディに設けた断面円形の溝に嵌るものとし、」という構成であるのに対して、引用考案では、本願考案の円筒部分に対応する六角筒部分がセンサ装着溝3の開放部に吊下されるという構成となっている点で相違しているものである(以下「相違点6」という。)。

引用考案の六角筒部分がセンサ装着溝3の開放部に吊下された状態にあることは、引用例の図面(別紙図面(2)第1、2図参照)において、センサケース5の底部がセンサ装着溝3の底面から浮いた状態にあることからも明白である。

本願考案は、「円筒状部分2a」が断面円形の溝22に「嵌る」ものであることを要件としており、ここに「嵌る」とは、「しっくりと合う」、「ぴったりとはいる」といったことを意味するものであるのに対し、引用考案は、上述のとおり、六角筒部分がセンサ装着溝3の開放部に吊下された状態にあるから、この六角筒部分がセンサ装着溝3に「嵌る」ものとはいえない。

(2)  審決認定の相違点以外の相違点の二(相違点7)

本願考案では、スイッチ本体ケースの円筒部分にリードスイッチを収容するとともに、角筒部分内に、リードスイッチに重ねて動作表示用LEDを含む電子部品を収容しているのに対し、引用考案では、本願考案の円筒部分に対応するセンサケース5の六角筒部分内にセンサ素子6、検出回路12及び表示用ランプ14等を収容し、本願考案の角筒部分に対応する部分には、実質的に何も収容していない点で両者は相違している(以下「相違点7」という。)。

これをより具体的にいえば、引用考案は、本願考案の円筒部分に対応するセンサケース5の六角筒部分内に、センサ素子6、検出回路12及び表示用ランプ14等を収容し、「本願考案の角筒部分」に対応する部分(センサケース5の一部であって、シリンダケース1のセンサ装着溝3における対向する抜止め部4の間に嵌る部分)に、表示用ランプ14等の頭部の一部がわずかに入る程度であって、「実質的に」何も収容されていないというべきものである。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)

審決は、相違点2(本願考案のスイッチ本体ケースは、「円筒部分」を有し、シリンダのボディに設けた溝が断面円形であるのに対して、引用考案のスイッチ本体ケースは、「六角筒部分」を有し、シリンダのボディに設けた溝が断面六角形である点)につき、「後者のスイッチ本体ケース(センサケース)は「六角筒部分」を有するものであるが、これを単に「円筒部分」とし、これに合わせて、シリンダのボディ(シリンダケース)に設けた溝を断面六角形に代えて断面円形とすることは、そのようにしても格別に効果が相違するものではなく、当業者がきわめて容易に想到し得た程度のことであると認められる。」(12頁5行~12行)と認定したが、誤りである。

すなわち、本願考案は、リードスイッチが収容される円筒部分を備えたスイッチ本体ケースを用いることを前提に、流体圧シリンダのボディに設けた断面円形の溝内におけるスイッチ本体ケースの回転を防止することを解決課題として、その構造の改良を行い、円筒状をなすリードスイッチが収容される円筒部分を備えたスイッチ本体ケースに角筒部分を連接し、それによって断面円形の溝内におけるスイッチ本体ケースの回転を防止するという構成を採用しているものであるのに対し、引用考案は、最初からセンサケースに「六角筒部分」を設けたものであるから、両考案は、出発点において既に大いに異なり、引用考案のセンサケース5が、センサ装着溝3内において回転しないとしても、本願考案の上記のような構成は、引用考案に記載も示唆もされていないのである。

3  取消事由3(顕著な効果の看過)

本願考案の、①円筒部分への角筒部分の連接によりスイッチ本体ケースの回転を防止して、そのスイッチ本体ケースを流体圧シリンダのボディに対して簡単に取り付ることができ、②上記角筒部分を利用して、円筒部分のリードスイッチに重ねて動作表示用LEDを含む電子部品を収容する様にしたので、全長をできるだけ短くして全体的に小型化し、シリンダのボディの溝内への取付を至便にするものである、との効果は、本願考案に特有のものであり、引用考案において得られるものではなく、引用例の記載から当業者が容易に予測することができたものでもない。

したがって、本願考案の効果につき引用例から予測し得た程度のものである、とする審決の認定は誤りである。

第4被告の反論の要点

審決の認定判断は、いずれも正当であり、審決を取り消すべき理由はない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  相違点6について

本願考案は、円筒部分2aが、流体圧シリンダのボディ21に設けた断面円形の溝22に「嵌る」ものであることを要件とするものであって、円筒部分2aが、断面円形の溝22(センサ装着溝)の解放部に吊下された状態、すなわち、スイッチ本体ケース2(センサケース)の底部が断面円形の溝22(センサ装着溝)の底面から浮いた状態にないことを要件とするものではない。そして、引用考案の六角筒部分も、センサ装着溝3の解放部に吊下された状態、すなわち、センサケース5の底部がセンサ装着溝3の底面から浮いた状態にあるかどうかに関らず、流体圧シリンダのボデイ(シリンダケース1)に設けた断面六角形の溝に「嵌る」ものであることに変りはない。原告の相違点6の主張は、失当である。

「嵌る」の語が、隙間が全くない状態で合わさったり、入ったりすることを必ずしも意味するわけではないことは、乙1号証から明らかである。また、本願考案の詳細な説明にも、すき間なく嵌ることを要件とするような記載は何もない。

そうである以上、円筒部分が断面円形の溝にすき間なくはまることが要件とされているとみることはできない。そればかりでなく、「簡単に取付けることができる」との効果を勘案すると、むしろ、円筒部分と断面円形の溝との間に多少の隙間を設けることが必要であるというべきであり、また設けても何らの不都合もないのである。

(2)  相違点7について

たとい「本願考案の角筒部分」に対応する部分に、表示用ランプ14等の頭部の一部がわずかに入る程度であっても、この部分が中実であったならば、表示用ランプ14等をセンサケース5内に収納することができないのであるから、この空間は、表示用ランプ14等を収容するための空間であって、このような電子部品を収容しているものであることが明らかである。原告の相違点7の主張も、失当である。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

引用考案において、本願考案の角筒部分に対応する六角筒部分の上部は、センサ装着溝の開放部(抜け止め部4の部分)に嵌り込む形状に構成されており、この部分が本体ケース(センサケース5)の回転を阻止する形状であることが明らかであるから、この部分を除いた断面六角形の部分がどのような形状であろうと、本体ケース(センサケース5)が回転しないことは当然である。

3  取消事由3(顕著な効果の看過)について

原告主張の効果①も②も、いずれも、引用考案自体がもともと有するものであることが明らかである。顕著な効果についての原告の主張は、いずれも失当である。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1について

(1)  相違点6について

原告は、本願考案では、スイッチ本体ケースの「円筒部分は、流体圧シリンダのボディに設けた断面円形の溝に嵌るものとし、」という構成であるのに対して、引用考案では、本願考案の円筒部分に対応する六角筒部分がセンサ装着溝3の開放部に吊下されるという構成となっている点で相違している旨主張する。

原告の主張は、要するに、本願考案においては、スイッチ本体ケースの円筒部分は、流体圧シリンダのボディに設けた断面円形の溝にぴったりはまってすき間がないのに対して、引用考案においては、すき間があるので、ねじの締付けにより、センサケース5の底部がセンサ装着溝3の底面から浮いた状態となり、センサ装着溝3の開放部に吊下された状態とみることができ、これを本願考案にいう「嵌る」と認めることはできない、というものと思われる。

まず、「嵌る」という言葉自体が通常の用語例においてどのように用いられているかをみると、甲第6号証(広辞苑第4版)によれば、「嵌る」とは、「しっくりと合う」とか「ぴったりとはいる」とかいったことを意味するものであることが認められるものの、これを超えて、「すき間のない状態で合う」とか「すき間のない状態ではいる」とかというまでのことを意味するものであることは、同号証を含め、本件全証拠によっても認めることができない。なお、乙第1号証(「機械の事典」1982年9月20日株式会社朝倉書店第2刷発行465頁~467頁)によれば、「はめあい」の項に、「2つの機械部品が互いにはまりあう関係をはめあいという。機械部品では丸い穴と軸との組合せがきわめて多い。このようなはめあいで、穴の径が軸の径より大きいとき、両方の径の差をすき間といい、穴の径が軸の径より小さいとき、両方の径の差をしめしろという(図1)。穴の径と軸の径の大きさの関係により、はめあいには、次の3つの種類がある。」と記載され、「すき間ばめ」、「しまりばめ」、「中間ばめ」の3種類のそれぞれの特徴が説明されていることが認められる。

次に、本願明細書(甲第2号証)をみても、「嵌る」が「すき間がない」ことまでも含意することを示す記載は見出せない。むしろ、その考案の詳細な説明中には、「本考案の技術的課題は、円周方向に対するスイッチ本体ケースの回転を防止して、それを流体圧シリンダのボディに対してより簡単に取付けることができ、しかも全長ができるだけ短くなるように小型化してシリンダのボディの溝内への取付けを至便にした流体圧シリンダ用の磁気近接スイッチを得ることにある。」(3頁4行~7行)、「角筒部分を該溝の開放部に嵌り込ませ、中実の固定部に設けたねじ孔に取付けねじを螺挿することにより、スイッチ本体ケースをボディの構内に固定する。このようにして固定すると、スイッチ本体ケースの円筒部分が回転するのを角筒部分により抑止できる。」(3頁25行~4頁1行)といった記載があり、これらの記載によれば、スイッチ本体ケースの円筒部分は、シリンダのボディの溝の中において、格別の力を加えることなく自然と回転する状態にあるものと認められるから、シリンダのボディの溝とスイッチ本体ケースの円筒部分との間に、その程度はともかくすき間が存在することは、明らかというべきである。

一方、甲第4号証(引用例)の第1図及び第2図をみると、引用考案において、センサ装着溝3とセンサケース5との間にすき間があり、ねじ11の締付けにより、センサケース5の底部がセンサ装着溝3の底面から浮いた状態となっていることが認められる。しかし、引用考案において、センサ装着溝3とセンサケース5との間のすき間をどの程度にするかが規制されていることを窺わせる資料はないから、これは単なる設計事項にすぎず、狭くすることも広くすることも極めて容易になし得ることであるものと認められ、そうだとすると、引用考案も、センサケース5は、センサ装着溝3に嵌合している点において本願考案と異なるところはないということができる。

原告の相違点6の主張は、採用できない。

(2)  相違点7について

原告は、本願考案では、スイッチ本体ケースの円筒部分にリードスイッチを収容するとともに、角筒部分内に、リードスイッチに重ねて動作表示用LEDを含む電子部品を収容しているのに対し、引用考案では、本願考案の円筒部分に対応するセンサケース5の六角筒部分内にセンサ素子6、検出回路12及び表示用ランプ14等を収容し、本願考案の角筒部分に対応する部分には、実質的に何も収容していない点で両者は相違している旨主張する。

しかしながら、引用例の記載と図面をみれば、センサケース5の内部空間は、センサ素子6、検出回路12、ランプ14等を収納する本願考案の角筒部分に対応する部分をその一部とする一体的空間として形成され、しかも、実施例を示す図面においても、現に、角筒部分に対応する部分に、表示用ランプ14等の頭部の一部が入っていることは明らかであるから、同所に実質的に何も収容していないとする原告の主張が失当であることは明らかである。

原告の相違点7の主張も、採用できない。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

「六角筒」の形状や「円筒」の形状が、いずれもごくありふれた形状であることは、当裁判所に顕著である。そして、引用考案のセンサケースの形状をごくありふれた「六角筒」からそれ以上にごくありふれた「円筒」に変えることを困難にする事情は、本件全証拠によっても認められないから、これに何の困難もないことは明らかというべきである。

リードスイッチを収容するスイッチ本体ケースの断面形状が「六角筒」の形状であろうが「円筒」の形状であろうが、スイッチ本体ケースに角筒部分を連接し、これを溝の開放部に嵌り込むようにすれば、スイッチ本体ケースの回転を防止できることは自明であるから、引用考案に基づいて、当業者が、極めて容易に、円筒状をなすリードスイッチが収容される円筒部分を備えたスイッチ本体ケースに角筒部分を連接し、それによって断面円形の溝内におけるスイッチ本体ケースの回転を防止するという本願考案の構成に想到し得たことは、明らかである。

原告は、本願考案と引用考案とは出発点において既に大いに異なるとして、本願考案が、リードスイッチが収容されている円筒部分を備えたスイッチ本体ケースを用いることを前提としたものであることを強調するが、採用できない。現実に原告がどのような出発点に立ち、何を前提にしたにせよ、本件で問題になるのは、引用考案を前提にして本願考案に想到することが当業者にとってきわめて容易であったか否かであって、特定の出発点に立ち特定の前提の下にあった原告にとってどうであったかは、問題にならないからである。

相違点についての判断の誤りをいう原告の主張も採用できない。

3  取消事由3(顕著な効果の看過)について

原告主張の本願考案の効果は、本願考案の構成を採用すれば、得られることの自明な効果である。したがって、取消事由3についての原告の主張も、採用の限りでない。

4  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

<以下省略>

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